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著・彼女

 暑い。
 彼女の声は、ボクには届かない。
 何故だ。こんなにも近くにいるのに。
 何故だ。こんなにも叫んでいるのに。
 ボクの身体は、宙を舞う。ああ、またやり直しだ。死んだらやり直しだ。なぁそうだろ神様。

「夏だ」
 うだるような、暑さだ。蝉はガンガン叫び、アスファルトは肉を焼く。
 きっと、そんな暑さだ。
 窓の外はきっと、そんな暑さだ。
 窓を開ければ叱られる。患者の体調管理も仕事の内だそうだ。
 今のボクは暑さとは無縁だ。白い箱に閉じ込められる様はまるで冷蔵庫だ。
 ということはボクはさながら生鮮食品といったところか。なるほど、腐らないために冷やしているのか。
 ボクは飛べなかった。
 彼女はボクを置いて、先へ行くのに。夢と現実の間を一息に、手の届かないところへ飛んだ。
 今日も飛べずに烏が鳴いた。あの醜い翼ですら、ボクは羨ましい。
 カーテンを閉めて、読書灯を灯す。パーシャルに籠って、あの本を読む。

 夢を見た。
 空を飛ぶ夢だ。
 もちろん翼はあの本だ。
 本を広げた姿は天使の羽ばたきによく似ている。
 無論、似ていないことは知っている。しかし、夢の中では思いつきがもっともらしく当然の如く振る舞うのだ。
 活字の羽根を羽ばたかせ彼女のところまで飛んで行く。

 酷い汗に目を覚ます。なんだ、次はオーブンか。
 周りを見渡せば、そこはやはり冷蔵庫だった。気を確かにした身体はすぐに凍える。
 窓の外を見る。東の空はほんのりと赤みを帯びている。
 どうやら、ボクは翼を広げたまま寝てしまったようだ。
 ボクは彼女に指を挟んで部屋を抜けだした。

 屋上というものは飾りだ。あるいは業者のものだ。物語の中のように開放されていることなどありえない。
 だからこそ、夢と現実の間の世界になれるのだろう。
 ボクが飛ぼうと思ったとき、はじめに覚えたのは飛び方でも、羽ばたき方でもなく、ピッキングだった。
 がちゃり。
 夢の世界へようこそ。
 扉が開かれる。フェンスは高くない。
 ボクは地に足をつけ、引きずるようにそれを越えた。
 一歩踏み出せば宙を舞う。しかし舞ってはいけないのだ。思うに舞ってしまう人間は覚悟が足りない。元来、飛べるものなのだ。飛べないのは現実の中だけである。
 ボクは飛びにきた。顔をあげ、景色を見る。これは現実なのか、夢なのか。現実はボクの脳が作る幻である。夢も幻であるのなら両者に大差はない。
 だから五分と五分なのだ。
 幸い、今日のボクには翼がある。彼女からの借り物だが手を貸してもらうくらい許されるだろう。
 彼女は精神的に飛ぶこととなったが、ボクは物理的に飛ぶこととなる。アプローチの違いだ。終着点が同じなら変わらないだろう。
 さあ、いこう。
 右手の翼が羽ばたいた。もう地に足はない。
 前よりも空は遥かに近い。滞空時間はすでに越えた。
 つまり飛べているのだ。なあつば

 ぐしゃり。
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