ボクと煙草とハガネール

 コイツはでかい図体をしているくせにボールに入りたがらない。これじゃ建物の中にも入れないし、はっきり言って邪魔だ。
 入れと命令しても頑なにボールに入ろうとしない。イライラする。ポケモンごときがご主人様に逆らうな。
 ボクは大きく息を吸い込み、肺にため込んだ煙をハガネールの顔に吐き出す。ハガネールは煙さに耐えられず、思わず目を閉じる。
 その隙に右手に挟んだ煙草の火をハガネールの額に押しつける。ハガネールはうなり声をあげ、大げさに身をよじる。そのオーバーなリアクションが楽しくて、また火を押しつける。また火を押しつける。自分からボールに入っていくまで押しつけ続ける。














ボクと煙草とハガネール













 ハガネールは、ボクが初めて手に入れたポケモンだった。
 テレビで新ジムリーダー決定の中継をやっていたとき、ある女の子が使っていたのを見て、一目惚れしたのだ。
 それは子どもながらの大きいものに憧れるという感情からきたものなのかもしれない。とにかく当時のボクにはそれがひどく眩しく見えたのだ。
 おとーさん、ぼくあのぽけもんがいい。
 そうやってキラキラした目で父親に懇願したことを覚えている。
 両親は難色を示した。当然だ。世間では、初めて子どもに与えるポケモンは小さめで、いつも側にいられるようなポケモンと相場決まっている。
 ハガネール、もとい進化前のイワークは家の中で出すことができる大きさではないし、一緒にお風呂に入ることもできなければ、一緒に寝ることもできない。それにじゃれて遊ぶにも危険に映ってしまう。
 それでもボクの必死な懇願に、両親もついに観念したのか10才の誕生日にボクに届けられたのはモンスターボールに入ったイワークだった。
 それからというものボクはいつでもイワークと一緒だった。そとで遊ぶときはいつもイワークの背中に乗って、冒険して、家に入るときはいっつもイワークも一緒じゃないとやだと泣きじゃくった。それでも家には入れてもらえないから、ボクは一番窓に近い場所に布団をしき、庭にいるイワークを見ながら寝た。本当に雨の日以外はいつだってボールから出していたと思う。
 友達がみんな初めのポケモンに飽きて、新しいポケモンを捕まえるようになってもボクはイワークだけいればよかった。おかげで近所の中ではボクのイワークが最強のポケモンだった。

 はぁ。
 ボクは会社を出て、まずため息をついた。もう、20代もなかばに突入し、夢も希望も失って、ただただ社会に残骸を搾取される日々を送っている。
 明日は会社が休みだったか。どっかで飲んで帰ろう。
 ボクは思いついた。
 でも町中の目に悪い光と喧騒の中で飲みたくない。できれば静かなところでゆっくりしたい。
 腰のホルスターの中から一つボールを選び出し、中身を出す。いや、コイツは出たくて仕方がなかったから、ホルスターに手をかけた瞬間に飛び出していた。勝手な奴だ。
 道路の真ん中にハガネールの巨体が現れる。でもこれほどにでかいポケモンは少ないとはいえ、道路には大型のポケモンが人々の送迎用として行き交っているわけで別段驚くことではない。
 ハガネールの広い背中に座り込み、町外れの居酒屋までとだけ指示する。ハガネールは何かを懇願するようにこっちを向くがそれがどういう意図なのかボクには計りかねる。それでも少しだけ間を要して、ハガネールは動き出す。
 スピードは出ないけれどコイツの乗り心地は最高だ。パーツごとに独立して動かせるからボクの乗っている部分だけ全く上下に振動しないように移動することができる。これだけは自慢できるところだ。さすが、長年ボクが調教した甲斐があるというもの。そうでなければこんな使い勝手の悪いポケモンをいつまでも持ち歩く訳がないだろう。
 胸ポケットから煙草とライターを取り出し、火をつけ、夜空を向いて大きく煙を吐く。灰はハガネールの背中に落ちないように注意する。そんなことで急に暴れ出して、振り落とされたら困る。
 しばらくして目的の場所へとたどり着く。周りは木々に囲まれ今にも野生のポケモンが襲ってきそうな物騒な場所に、ぽつんと一つだけ灯りが見える。
 ボクはハガネールの背中から降り、無言でボールを差し出す。案の定、コイツはボールに入ることを拒む。思わず、ため息が出る。
 めんどくせぇ。
 タクシーならタクシーらしくおとなしく主人の言うことを聞けよ。
 仕方がないから、ボクはコイツに一歩、歩み寄る。
 ほら、戻れよ。
 ハガネールは怯えた挙動を見せる。当然だろう。この後に行われる所業については身を持って知っているはずだ。ここでボールに入らなければ、また繰り返されることはわかっている。
 ボクはもう一歩踏み出す。もう手が届く距離だ。
 ハガネールは目を閉じる。それでも尚、ボールへ入ろうとはしない。わがままな奴だ。いや、それともMなのか。
 いつものように右手に挟んだ煙草の火をハガネールの額に押しつける。いつものように悶絶する。額には消えなくなった火傷痕がぽつぽつと痛々しく残っている。
 早く戻れよ。
 また押しつける。身悶える。押しつける。身をよじる。
 しぶとく戻ろうとしなかったコイツもそろそろ根が切れて、自らボールを探し出す。今日はここまでか。おもしろくない。右手の煙草をボールに替え、ハガネールはこの小さな箱の中へと収納された。
 こうして、店の前までたどり着いてながらやっと店の中へと入る。
 いらっしゃい。
 主人の聞き慣れた声がボクを呼び寄せる。テーブル席を無視し、独り者の集まるカウンターへと移動する。
 今日は何がおすすめ。
 尋ねると主人は、カモネギとラブカス、と返答する。
 それじゃ、カモネギの串焼きとビールで。
 あいよ、と景気のいい声を残し、主人はボクの前から姿を消す。
 手持ちぶさたになってしまったので、新しい煙草を取り出して火をつける。ぼうっと紫煙を燻らせ目を閉じる。心地が良い。
 おまち。主人の声で目を開く。思わず寝てしまいそうだったようだ。
 ボクは腰に手を回し、ボールを取り出す。
 出てきたのはロコン。カモネギ串の内、一本をロコンに差しだし、自分は残りの串とビールを煽る。
 お客さんはポケモンを大切にしてますね。
 周りを見渡せばポケモンを出している客はボクだけではない。だが、捕まえられたポケモンにとって食事は嗜好品。ボールの中では腹の減ることのないポケモンに、食事など必要はない。
 いえいえ、そんなことないですよ。
 そういいつつも誉められ若干気をよくし、ロコンにはもう一本串をあげる。
 幼い頃からあんなデカ物を相手にしていたせいか、この年になったら反動で、小さなポケモンばかりを愛でるようになった。戦いの道具になど使う予定もないのだし、これで十分事足りてる。
 そうですか。でもいつも仲良くしてらっしゃるじゃないですか。それにいつも乗ってきているハガネール。あれ、そうとうなレベルでしょう。
 ハガネールの名を聞き、気分が害される。今、そいつは関係ないだろう。
 いや、アイツはただの腐れ縁みたいなもんで便利だから使っているだけでして。
 そうですか。それにしては随分となついてるようでしたが。
 やめてくださいよ。今時、ハガネールなんてでかいポケモン流行りませんよ。
 しまった。心の中で舌打ちする。嫌な未来が容易に想像できる。
 案の定、名前を呼ばれたことに反応して、ハガネールが勝手にボールから出てくる。
 店の中でだ。天井スレスレの巨体、他のテーブルまで浸食する長身。一瞬にして、ボク(とハガネール)は店中の好奇の的になる。
「お前、なに勝手に出てきてんだよ」
 思わず、声を荒げる。ボールを押しつけるがいつも通り戻ろうとはしない。イライラしてボールでがんがん殴る。足を出す。蹴る。蹴る。
 その程度の打撃、ハガネールにとっては蚊ほども意味がないことは自分が一番よくわかっている。それでも殴らない訳にはいかない。それほどストレスが溜まる。
 とっとと戻れよ。
 ボクは結局いつものように煙草の火を押しつける。ハガネールは身を捩る。それでも他の客を傷つけないように器用に避けながら捩る。むかつく。
 早く戻れ、っつてんだよ。
 カウンターの上のビールをハガネールの顔面にぶちまける。それだけで面食らう奴に追い打ちをかけるように煙草を押しつける。アルコールに火が引火し、鈍く燃える。低い唸り声を上げ、害悪は逃げるようにボールを戻る。
 満身創痍。そう表現してもあながち間違いではない程度に身は疲れていた。怒りのほとぼりが冷めてくる頃に、自分が今、大衆の前でさらした失態を痛感し紅潮する。
 お騒がせしてすいませんでした。
 店中の人に頭を下げる。呆然とした表情の店中はなにが起こったのかもいまいち理解しないまま謝罪を受け取る。
 主人にも謝る。ここは彼の店だ。
 あ、ああ。まぁこれでも飲んでくれ、奢りだ。
 そういって、主人はジョッキにビールを並々と注いでそそくさとボクの前から離れていく。
 何をしているんだろう。本気で思う。ここには気を落ち着かせるために来たはずなのに逆に高ぶらせている。でもボクが悪いんじゃない。アイツが悪いんだ。アイツが。
 やっぱりむかついて、ジョッキに注がれたビールを一息で飲んだ。

 明るい。
 ボクは目を開けた。どうやら酔い潰れてしまっていたらしい。
 暑い。
 異常に暑い。だから目が覚めたのか。今、何時だ。
 ボクは腕の時計を確認する。三時。
 真っ昼間。そんなにも寝過ごしてしまったのか。ボクは無性に不安になる。そんなはずはないだって空をみればこんなに暗い。
 おかしい。ボクは時計を見直す。ボクの時計はアナログ表示だ。
 重い体を引っ張り立ち上がる。足下がふらつく。辺りは火の海だった。
 ごうごうと音を立てて煙は天まで立ち上る。なのにボクの周りだけは、一切、火の脅威が迫っていない。
 どうして、どうしてなんだよ。
 ボクは泣いていた。火事に驚いたからではない。熱かったからではない。ボクの、ボクのポケモンが傷ついていたからだった。
 ハガネールはボクの周囲を囲うように蜷局を巻き、目を瞑ってぐったりとしている。
 おい、なにしてんだよ。
 ボクは叫ぶ。喉はカラカラで本当に声が出ているかも怪しいけれど、それでも叫ばなければ気が済まない。
 なんで、勝手に出てんだよ。いつも言ってるじゃないか。勝手にボールから出てくるなって。邪魔なんだよお前。いっつもいっつもいっつも。ボクだっていつまでもガキじゃないんだ。でっかいものに憧れる年じゃないんだ。
 喉が裂けそうだ。でも関係ない。
 迷惑なんだよ。もういい。お前なんて逃がしてやる。絶対に絶対だ。だから、だからさ。
 怒ってるはずなのに、ムカついてるはずなのに、苛ついてるはずなのに、カラカラなはずなのに、空っぽなはずなのに、乾いてるはずなのに、
 どうして、涙が止まらないのだろう。

 お願いだから、ボールに戻ってくれよ。

 いつも煙草の小さな火であんなにも大げさに嫌がるくせに、あんなにも辛そうなくせに、なんでこんな火の中にいられるんだよ。
 そんなに大切なものがいるっていうのか。バカじゃないのか。ただの主人と下僕だろ。ただ、ボクに捕まったってだけだろ。おかしいだろ。自分の方が大切だろ。自分より大切な奴なんてこの世にいるわけないだろ。
 そうか、いつものわがままか。本当にお前はしょうがない奴だな。こんなにトレーナーの言うことを聞かないポケモンなんてお前ぐらいなもんだぞまったく。
 ボクはニヤニヤと笑う気持ち悪い表情を顔に貼り付け、震える手で、煙草を取り出す。ライターの火が上手くつかない。
 くそっ。早く早く。
 焦る。どうしようもなく焦る。早くしないと、だって早くしないと。
 ついた。
 煙草を挟んだ右手を口に運ぶことはせず、直接。ハガネールの額に押しつける。
 熱いだろ。痛いだろ。辛いだろ。憎いだろ。さぁ、早く踊れよ。滑稽に踊れよ。そして、どうしようもない顔をしながらいつものようにボールに戻れよ。
 ハガネールは何も反応してくれない。おもしろくない。ボクは押しつける。何度でも押しつける。殴るように押しつける。
 熱っ。
 煙草の火はいつの間にか根本まで来て、ボクの手を焦がしていた。
 本当にわがままだよ。ハルちゃんは。
 もう、煙草の火はないから、両手でどんどん顔を叩く。
 ハルちゃん。
 あぁ、そういえば、そんな名前だったなぁ。自然と口から出た名前は幼いボクがコイツにつけた名前だ。最後にそう呼んだのいつだったっけ。
 ハルちゃん。
 ハガネールはこっちを向いて、ゆっくりと目を開ける。
 ハル…ちゃん。
 ボクの涙が一瞬だけ止まる。
 そして、少しだけ、笑って、また目を閉じた。

 結局、どれぐらいそこにいたのか。気がついた頃には、ポケモンセンターにいた。
 聞いたところによると、ボクは決して、ハガネールから離れようとしなかったらしい。迷惑な話だ。
 ハガネールはあれだけの火に焼かれた挙げ句、消火のために大量の水まで浴びせられたため、バトルでの瀕死状態とは比にならないくらい死の間際だった。聞いたところによると、バトルでの瀕死というのはポケモンの生存本能らしく、ある程度のダメージを受けると気絶するシステムになっていて、それを越えたらふつう、何もできなくなる。それにも関わらず、ハガネールはそのリミッターを無視して火に焼かれ続けた。死んでも当然だ。
 当分の間、もしかしたら一生、ハガネールはボールから出してはいけないとジョーイさんに言い聞かさせた。
 そんなこと言われたって、いつだってハガネールなんてボールから出したいと思ってないし、勝手に出てくるんだから仕方がないだろ。ボールから出てくるのはアイツの勝手だろ。出てきて死ぬのはボクじゃないし。
 ボクはボールを鎖でグルグル巻きにして、南京錠を掛けた。

 はぁ。
 ボクは会社を出て、まずため息をついた。もう、20代もなかばに突入し、夢も希望も失って、ただただ社会に残骸を搾取される日々を送っている。
 腰のホルスターの中から一つボールを選び出し、中身を出す。いや、なぜかそのボールには鎖が巻いてあって中身が出せないようになっていた。
 仕方がないなとのろのろとした足取りで家路に着く。
 何かがボールを叩く音コツコツとした音がうるさくて、ムカついて、ボクは泣いた。


 一人の男性がジムの門を開ける。
 いらっしゃいませ。
 いつも通りの受け答えをする。見たところ、年は三十路前、自分と同じくらいかもう少し若い。
 私も年を取ったな、少しうんざりする。
 ジム戦は初めてですか。
 バッチを持っている挑戦者は誰しも意気揚々と自分のバッチを見せびらかすので、この人は初めてではないかと勝手に予想する。
 はい、初めてです。
 予想は当たり。ちょっぴりうれしい。
 失礼ですが、その年になって、初めてのジム戦とは珍しいですね。
 そうですね。ちょっと事情がありまして、あるポケモン[人]に証明を差し上げたいのです。
 まぁ、それは素敵ですね。
 それで、よければ貴方の一番強いポケモンと戦わせてほしいのです。
 えっ、一番強いポケモン、ですか。
 ジム戦規定により、ジムリーダーは基本的に相手のバッチ所持数に応じたレベルのポケモンを使うことが定められている。彼は、バッチを持っていないのだから、当然、最弱のポケモンで相手するべきなのだが、それを無視するとはいかなることか。
 それはよろしいですが、本当にいいのですか。失礼ですが、初めての相手にしては荷が重いかと。
 いえ、大丈夫です。
 それならいいのですが。じゃあさっそく始めましょう。こちらへどうぞ。
 挑戦者を競技場へと案内する。
 それじゃあ、一対一の一本勝負でよろしいですね。
 はい。と彼は返事をする。
 いきます。
 掛け声とともに私はボールからハガネールを出す。
 このハガネールはジムリーダー試験のときに使った私の一番信用しているポケモン。正直、負ける気はしない。
 幼かったボクはあなたに憧れてたんです。
 そういって、彼はボールを取り出す。なにやら鎖や錠がごちゃごちゃとついた不思議なボールだった。
 かちりと鍵を開けた音が鳴り響き、足下にバラバラと鎖が落ちる。
 お願いします、ハルちゃ、
 彼が名前を呼ぶよりも早く、

 額に煙草痕の付いたハガネールはボールを飛び出していた。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

なびるな

Author:なびるな
なびるな

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる